世界遺産に登録されているイースター島と、現代でも謎に満ちているモアイ像とは!
チリ領であるイースター島はチリの首都サンディエゴから西へ3,700km、タヒチから東へ4,000kmの太平洋上に浮かぶ小さな火山島です。モアイの建つ島として有名で、周辺にほとんど島が存在しない絶海の孤島です。島の全周は約60kmで、面積は約180平方kmあり北海道の利尻島と同じくらいの大きさです。島全体が、ラパ・ヌイ国立公園として登録されています。また1995年に世界遺産にも登録されました。世界遺産とは、世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)に基づいて登録された遺跡や自然の事です。世界遺産に登録される為には、人類が共有するべきである普遍的な価値が認められなければ登録されません。イースター島ではモアイ像などの考古学的上極めて重要な遺跡が、数多く発見され、現在も残されています。イースター島は現地語では”ラパ・ヌイ”といいます。1922年にオランダ海軍のヤコブ・ロッゲフェーンによってこの島は発見されました。発見された日がイースター(復活祭)であった事に由来してイースター島という名前が付けられたと言われています。
モアイ像というとなんだか神秘的なイメージがあります。モアイ像はいったいどのような目的で建てられたのでしょうか?この最大の謎はいまだ解明されていませんがモアイはお墓であったのでは?という説が近年のさまざまな調査から有力とされています。この説はモアイ像の台座から人の骨が数多く発見されたことによるものです。この他にも近年の調査から、モアイには目がはめ込まれていたということもわかっています。モアイ像は、チリのイースター島の海に面した高台に建てられています。島で産出される凝灰岩と呼ばれる岩石で出来ており、その数は約1000体もあります。顔だけのもの、手足がついているもの、座っているものなどがあります。凝灰岩はこのモアイ像が建っている高台や海岸周辺には存在しません。イースター島の山の中からこの凝灰岩を切り出して、そこでモアイ像は造られ、高台まで運ばれたのではないかと推測されています。しかしどの様に運んだのかは謎のままです。このことから現地ではモアイ像が自分で歩いて山から海岸近くの高台まで移動したという伝説もあります。モアイ像は現在でもその存在は謎に満ちています。
現在日本各地に、チリのイースター島のモアイ像を真似てつくられた”モヤイ像”が存在します。もちろん本物のモアイ像を移築したものではありません。モヤイ像は、伊豆諸島新島村の名物の石像です。新島から産出される抗火石という珍しい石でつくられたオブジェです。モヤイはモアイを真似た名前ではありますが、それと同時に、新島の言葉で、力を合わせる、助け合う、共同作業をするなどの意味があります。新島は日本各地にモヤイ像を制作して寄贈しています。有名なものに東京都渋谷区の渋谷駅前のモヤイ像、東京都大田区の蒲田駅南口、青森県深浦町の観光地、ウェスパ椿山などがあります。中でも渋谷のモヤイ像は観光スポットにもなっており、ハチ公銅像と並ぶ渋谷の待合せ場所として親しまれています。この渋谷のモヤイ像は昭和55年に新島の東京都移管100年を記念して新島から渋谷区へ寄贈されました。イースター島のモアイ像にとてもよく似ていますがモアイ像と違い首から上だけの石像です。前後2種類の顔をもつことも特徴です。
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